音声制作
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龍が如く8 中国語吹替の舞台裏
2023年10月31日、セガは『龍が如く8』に中国語吹替を追加することを発表した。
日本のRPGゲームの中でもお馴染みのタイトルとなった『龍が如く』シリーズは、これまでに多くの名作を発表してきている。その中でも、豪華な日本語声優陣は最も称賛を受けている部分の一つである。そのため今回、『龍が如く8』に新たに追加された中国標準語の吹替というオプションが、中国国内のプレイヤーにとってどれだけの意味を持つかは言うまでもないだろう。
最終的に、この重責はSIDE上海チームが担うことになった——『龍が如く8』の中国標準語吹替は、キャスティングからスタジオでの収録、演技指導、プロジェクト管理、ポストプロダクションに至るまで、SIDE上海が全工程をサポートしている。この期待のプロジェクトを受け、我々はSIDE上海チームにインタビューを行い、事前準備業務から、40,000行を超える台詞と20曲近い楽曲の収録を完了させ、この重く大きな責任を成し遂げるまでの9ヶ月近くに渡る時間と労力を費やした制作プロセスを解き明かした。
『龍が如く』シリーズはすでに9年近くにわたり親しまれています。多くのキャラクターの日本語オリジナルボイスは業界内やプレイヤーの間でも長年にわたり称賛され、強く印象に残っています。よって、イメージに合う中国語吹替キャストを探すのは非常に難しいタスクでした。
『龍が如く8』では400を超えるキャラクターの吹替を行う必要があり、シリーズでおなじみのキャラクターと多数の新キャラクターを含めた53名のキャラクターには、他のキャラの声との違いを出すため、それぞれ別の声優をキャスティングする必要がありました。 。理想的なキャスティングを行うため、我々は事前研究を詳細に行いました。前作をやり込み、ストーリーやキャラクターを把握し、万全の準備を行いました——キャラクターの性格と日本語オリジナルボイスに基づき、特殊キャラクター1人に対して三名の候補キャストを選定し、サンプルを録音して、SEGAさんが最適なキャストを選べるようにしました。
例えば、難波悠というキャラクターのキャスティングプロセスはかなり複雑でした——難波悠はゲーム中において身なりに頓着のないくたびれた中年男性というイメージですが、最終的に決まった吹替キャストはかなり若い役者さんでした。キャラクターの特徴を考えて、我々は当初、年齢の近いキャストを数名選出していました。ですがサンプルの収録後、SEGAさんとディレクターは声色が最も似た若いキャストさんを採用しました。難波悠に比べて、主人公の春日一番と桐生一馬のキャスティングはかなり順調に進みました——キャストの声色、性格や雰囲気がキャラクター自身と非常にマッチしていたので、最も重要なキャスティングのタスクを楽に進めることができました。
また、ゲーム自体が複雑な集団を描くものであることから、今回の中国語吹替のキャスティングでは外国語のレベルについても検討しました:一部キャラクターのキャストには英語が流暢であったり、あるいは日本語と中国語の両方ができたりといった要素が必要だったためです。また面白いのは、ゲーム内に全言語バージョンで共通する中国語オリジナルボイスのキャラクターがいるということです——ゲーム内に登場する中国人マフィア「横浜流氓」などは、全てSIDE上海が収録を行いました。
何度も絞り込みを行いながら、我々は84名の吹替キャストの選定を完遂しました。
このゲームはストーリーが非常に豊富で、多くのキャラクターの間で掛け合いが行われます。ただ、実際の吹き替え時には各キャストが単独で収録を行っています。そのため、キャストにとっては、その場で掛け合いができない状況で収録を行うというのがひとつの課題でした。例えば、ゲーム中で最も重要なメインキャスト5名は、他のキャストの吹き替えを全く参考にできない状況で、ゼロから収録を始め、徐々にゲーム全体における吹替の基本的なトーンを確立していきます。
演技の一貫性を保障するために、キャストは収録済みの中国語吹替と日本語オリジナルボイスだけでなく、他のキャラクターの台詞や心情も理解しなければなりません。例えば、ゲーム中に登場するキャラクター・宇多丸とソンヒの掛け合いを収録した際、面白いことがありました。元々の計画に従い、吹替の収録はソンヒから始まり、その後で宇多丸の収録を行いました——ところが、宇多丸のパートの収録中、多くのアドリブが生まれ、監督も良い部分はどんどん採用することにしました。結果、ソンヒ役の追加収録を行うことになったんです。
また、ゲームの収録プロセスで、本場の日本文化に多く触れたのも面白い経験でした。最も記憶に残っているのはブリの話です——日本の関東では、ブリは「出世魚」と呼ばれ、成長段階によって呼び名が変わっていきます。小さい時は「ワカナゴ」と呼ばれ、成長するにつれて順に「イナダ」、「ワラサ」となり、最後にようやく「ブリ」と呼ばれます。
幾重にも連なる困難を思えば、収録開始前の準備は氷山の一角に過ぎませんでした。最大の課題はやはりオリジナルの雰囲気を再現するローカライズ吹替です。
日本語と中国語は表現上の違いが大きいので、タイミングの要件が厳しい吹替は非常に難しくなります。例えば語気を表す言葉について、日本語には長く連続する言葉がありますが、中国語の語気は一文字程度と短めです。中国語と日本語では言葉のテンポや止まる部分が異なり、特に日本語の敬語は文の最後が長くなる一方、一部の音節を連続で発音すると慌ただしくなります。また、文法や倒置構造も同じではありません。そのため、台詞をよりオリジナルボイスに合わせるため、台本や台詞にも繰り返し推敲とブラッシュアップを行い、キャストも一部演技を追加することで、オリジナルボイスの台詞とのマッチングを図っています。
以下は一部の日本語台詞と中国語台詞を比較したものです。
1. 日本語版オリジナル台詞:
まずは余計なことを考えずに打席に立ちな ホームランは後からついてくるさ
直訳:
まずは何も考えず、打席に立ちな。後から自然とホームランがついてくるさ
文字の長さを合わせ、より自然な口語にした表現:
まずは頭の中のごちゃごちゃしたものを捨てて、打席に立ちな。そうすれば、自然とホームランが打てるようになるさ
2. 日本語版オリジナル台詞:
アルツハイマーだそうだ。57のはずなんだけどな。
直訳:
……彼女はアルツハイマー病なんだ。まだ57歳なのにな。
語順を入れ替え、より自然にした表現:
まだ57歳なのに……アルツハイマー病なんだそうだ。
3. 日本語版オリジナル台詞:
お初にお目にかかります。手前生国と発しまするはジャパンの東京・神室町。
直訳:
初めてお会いできて光栄です。私は日本の東京・神室町より参りました。
実際の文脈に合わせ、原文の長さに合わせた表現:
郷里の皆さまがた、ごきげんよう。初めまして、小生は日本の東京・神室町より参りました。
幸いなことに、録音監督とPTWローカライズ部署の息の合った協力により、我々は言語のローカライズにおける重要な難関を一つずつ乗り越えてきました。また、SIDEチーム専用の台詞管理プラグインTrackerの力によって、チーム全体で収録済みの台詞をいつでも配置し、かつファイルを再生できたため、正確かつ効率よく修正を行うことができました。
はい、今回の収録における最大の見せ場がカラオケのシーンです。中国語と日本語の音節数を完全に対応させるのは難題でした。そのため、我々は全ての曲のメロディ、歌詞やリズム上の途切れる部分について学習し、吹替キャストの参考となるデモ音源を作成しました。例えば、中国語の歌唱は日本語のテンポに合わせることは難しいので、音節を一つずつ数え、中国語の文字を割り当てる形式を採用しています。そのため、ゲームの中で最終的な完成版を聴けば、一部歌詞の日本語オリジナルボイスと中国語吹替に違いがあることに気づくかもしれません。
例1:
楽曲『GO! 愁傷SUMMER』のフレーズ「ガッと気分 入れ替えなきゃ……そうだ!」の元の翻訳歌詞は「彼女を忘れさせなきゃ……そうだ!」でしたが、日本語には「ッ」という促音が存在し、また「そうだ」のような連読する音もあります。これに合わせて歌詞を変更し、最終的に「あのつれない女を忘れさせなきゃ……そうだ!」となりました(また、収録時は「あの||つれない女を、 わ~すれさせなきゃ……そうだ!」のように、止まる部分や伸ばす部分のマークを入れました)。
例2:
楽曲『Like A Butterfly』には「その身照らす一筋の光妬み空を睨む」という長いフレーズがあります。対応する中国語の歌詞は「光を握り締め たとえ眼前の道が朧気でも 危険を顧みず突き進み 抗う」となっていますが、中間の述語や名詞の構造や音節は一対一で対応しているわけではありません。歌唱時は日本語の短いフレーズに合わせ、中国語の習慣とは異なった歌い方をしています。
例3:
ラップ部分「胸をはれよお前こそがバタフライ」の元の翻訳歌詞は「ここで落ちぶれるな 再び飛べ Butterfly」となっていました。ですが、日本語の音節が中国語よりも多かったので、「いつまでも落ちぶれるな 再び飛べ Butterfly」と修正しました。
こういった例からも、日本語楽曲の中国語ローカライズが非常に難しいことが見て取れると思います。こういった音楽の吹替収録をまたやりたいかと言われると非常に難しいですね。面白く、とても大変な作業でした。とはいえ、この大変さも音楽を再創造することの魅力と言えます。
はい、我々が『龍が如く8』の吹替業務に取り組んでいる間、本作の中国語翻訳とLQAはSIDEの親会社であるPTWの上海メンバーたちも担当していました。
吹替チームは慣例上、ボイスに関連する部分の脚本しか受け取れません。特に吹替の初期は、示された部分の台詞のみを元に、手探りでシーンを予測しながら作業を進めるため、しばしば疑問が生じます。幸運なことに、翻訳チームの仲間たちが強力なサポートをしてくれました。メンバーの多くが『龍が如く』シリーズのファンだったため、ゲームの様々なバックグラウンド情報を教えてくれるだけでなく、厳密なタイミング合わせが求められる台詞について、翻訳部署が予め中国語脚本の脚色をサポートしてくれたことで、日本語オリジナルボイスに合わせやすくなりました。例えば、「栄養ドリンク」は当初「栄養飲料」と直訳されていましたが、後から「機能性飲料」に修正しました。こいこいゲームの「カス」は当初「空」としていましたが、後から「雑魚」に変更しました。「引き抜き」の翻訳は当初「引き抜き」と直訳していましたが、後から文脈の統一を図るため、「横取り」に修正しました。
また、マレーシアの音声ポストプロダクションチームにも心から感謝しています。今回の収録は合計15ロットに別れていました。その中には動画とのタイミング合わせや尺の制限が厳しいファイルもあり、各ロットの要件に従って 検査、収録とアーカイブを行う必要がありました。このプロセスでは、ファイルの抜けや一部台詞のタイミングが合わないといった問題がどうしても生じてしまいます。しかしながら、幸いなことにマレーシアのチームがポストプロダクションを強力にサポートしてくれました。引継ぎ体系が完備されていたので、表や録音ソフトウェアからプラグインのマクロに至るまで、生じた問題に対して迅速に検査を行い、対応策を見つけ、クライアントに納品するファイルの正確性を担保できました。
夜の帳が降りると、SIDE上海チームはスタジオの明かりを消し、他に人のいないオフィスビルから出て行く。この瞬間は、収録中の時期にはよくある風景である。負荷の大きい『龍が如く8』の録音業務により、SIDE上海チームのメンバーはやや疲労していた。しかし翌日には別のキャストの収録が行われ、スタジオには、キャストのユーモラスな台詞を聞いた人々の笑い声や、心のこもった台詞に潤んだ瞳があったことは今も覚えている。こういった微に入り細を穿つ努力、そして一切妥協のない真面目さこそが、今後『龍が如く8』がプレイヤーの称賛を得るための根源であり、そしてSIDE全体にとってのプライドであることを、彼らも感じ取っていた。