音声制作
LABメインページに戻る
『SEASON: A letter to the future』 – ゲームシステムとしてのオーディオ収録体験
Game Audio Network Guild(G.A.N.G.) Awards 2024において、SIDE Montrealチームは、Scavengers Studioが開発、販売を手掛けた『SEASON: A letter to the future』が、インディーズゲーム部門の最優秀サウンドデザイン 賞を受賞しました。
同チームは技術的に大きな功績を残す仕事をしたと考えられており、その結果、まさに唯一無二の没入型オーディオ体験が実現しました。そのため、元々はAudiokineticブログに掲載された、オーディオビジュアルに関する抜粋と心躍る事実を盛り込んだこの記事で、チームが本作のサウンドシステムを開発する過程を詳しくご紹介できることを嬉しく思います。
さあ、ヘッドホンを持って飛び込みましょう!
『SEASON: A letter to the future』 は、自分の心を見つめ直し、物思いにふけ、振り返れるシステムを楽しむ風情豊かな旅のゲームです。プレイヤーは生まれて初めて故郷の村を離れる若い女性「エステル」となり、謎めいた大災害がすべてを押し流す前に自転車で世界中を回り、特別な旅の記録や思い出を残す旅へと出かけます。
本作では、周囲の謎めいた世界を理解しようと苦心しながら、手遅れになる前にその核心に迫ることに。
このゲームではユニークな方法でプレイヤーのアクションに重みを置いています。無造作に置かれたオーディオログを探し回るのではなく、積極的に写真を撮り、ゲーム世界で出会った住人たちとの思い出を記録し、極めて詳細につくり込まれた様々な要素を持つ目を見張るようなサウンドスケープを記録していきます。すべては主人公の日記に記録し、揺らめく世界のストーリーを解き明かすためです。
本作はサウンドのプロフェッショナルとして、「興味を惹かれる音を集める」 という大好きな習慣を行うことができる作品だと感じます。この機能が初めて登場したのは「2020 Game Awards」のトレーラーです:
この動画はゲームコミュニティで大きな話題を呼んだため、Scavengers Studio はストーリーやゲームデザインにおいて、この機能にさらに大きな役割を与えることにしました。
最終的なデザインは、SIDE MontrealのオーディオチームとScavengers Studioのデザイン、プログラミング、ナレーションチームのメンバーと幾度となく繰り返された共同作業から生まれています。Unrealで各種の「ジム」を揃え、コンセプトのさまざまな表現方法のアイデアを試し、それを日記の記録システムの中でどのように扱うのか(そしてストーリーの展開の中でどのように扱うのか)を考えました。あらゆる手法がある中で私たちがたどり着いた答えは、おそらく最も野心的なものでした。エンジンのオーディオキャプチャを利用するだけでなく、録音することで日記が記録され、記録された内容によって隠されていたことが明らかになり物語が深まります。要するにインエンジンで行う撮影の「フォトモード」の考え方を、オーディオにも適用したのです。
できるだけ「リアル」に感じられるよう、どの場所においても録音できるようにし、収録内容をそのまま日記に保存できるようにしました。日記の録音ファイルを再生した時に流れるのは、ゲーム内で事前に用意された洗練された音ではなく、実際にプレイヤー自身が録音した音がそのまま聞こえてきます。
この機能があることで、オーディオの設計や実装方法が大きく影響を受け、専用の技術を開発する必要がありました。
前の段落で言及しましたが、このゲームのサウンドスケープをデザインする上で最も苦労した点の1つが、どの場所も物体も調和のとれた均質な方法で録音できるようにすることでした。
通常のゲームのアンビエンスは3種類のテクニックを組み合わせて作り出されています:
1. 「場所」にリンクしている2Dサウンド
2. (ブループリント上で)「オブジェクト」にリンクしている3Dサウンド
3. 環境に手作業で配置する3Dサウンド
3Dサウンドの方が2Dアンビエントパッドよりもランダム性やユニークさを表現してくれるため、前者を多用しました。しばらく研究した結果、 私たちは景色の中のほぼすべての要素に手作業で音を配置することにしました。1本1本の木や茂みに音源があります。 その数は文字通り数千にも上ります!
ブループリントではなくこちらの手法を選んだのは、個々の場所で自由に微調整できるためです。時間のかかる作業でしたが、それだけの価値がありました。私たちは同じ方法で川や崖の経路に沿って音源を配置し、その連続性を偽装しました。
ただしこのシステムにも欠点がなかったわけではありません。同時発生する音の位相問題を避けるために多くのランダム化を適用したほか、ボイス数やパフォーマンスを制御するため、距離に基づくかなり手厚いプライオリティシステムを運用しました。
レコーダー自体はカスタムプラグインであり、Wwise APIを使用してUnrealに直接C++でコーディングしています。Wwiseのマスター出力をこのアプリの保存データに、オーディオファイルとして記録します。このオーディオファイルを日記でトリガーすると、Wwiseオーディオ入力プラグインを使いオーディオファイルがミドルウェアで送り返され、実際のゲームで再生されます。録音を物語の世界に戻して再生し、特定のNPCに聞かせ、音の風景や織り成されるナレーションの一部として、その意味をNPCに詳しく説明してもらうこともできます。
ヘッドホンを装着して録音をはじめた瞬間、私たちの音の認識は劇的に変化します。人間は聴き、マイクは聞くだけ、とよく言われます。マイクで収録された音をモニタリングする時、普段は自分が無意識に無視してしまうような細部まで聴こえ、音の認知が実際にどれほど偏っているのかに気づくことがあります。私たちはこの感覚を正確に再現したいと思いました。
部署をまたぐチームメンバーたちの力で、聴覚のフォーカスを合わせる方法をいくつも試しながら検討をすすめました。その時に参考にしたことの1つがHildegard Westerkampのサウンドアート作品『Kits Beach Soundwalk』で、彼女はバンクーバー湾のキッツィラノビーチに出向いて収録し、微細なフジツボ周りのシュッと吹く音に注目する様子をナレーションしながら、スタジオのポストプロダクション技術を駆使して耳を澄ませるという心理的体験を再現しました。
1つのサウンドオブジェクトを「深く」聴くという親密感のあるリスニング体験を私たちは求めていましたが、背景の環境が失われて後から再生した時にあまりにも演出的で人工的な感じとなってしまうことは避けたいと考えました(それぞれの音を取り巻く環境の文脈こそ、場所の雰囲気を呼び起こす大きな要素です)また、物語的に重要で意図的に配置された音だけでなく、全体的な環境のアンビエンスも録音できるようにしたいと思いました。カメラと同様にレコーダーも可能な限り自由に使えることが不可欠でした。
これを実現するための3つの異なる状態があり、レコーダーの利用状況に応じてゲームにおけるリアルタイムでのミックスやフォーカスに影響を与えます。
1. レコーダーオフ:通常のゲームプレイ
2. レコーダーを手に持つ:モニタリング
3. レコーダーを手に持つ:録音中
この状態では、サウンドスケープから発せられる3D要素へのフォーカスはかなり狭くなり、主に聞く対象は目の前にあるものになります(後述する記念品を除きます)。他のミックス調整は使用していません。
レコーダーを取り出すと、音楽とボイスオーバーはミュートされます。3Dの要素へのフォーカスがより顕著になります。2Dアンビエンスは6dB低下します。さらに、「記念品」(下記参照)は5dBブーストされ、さらに存在感が増します。最後に、コンプレッション、周波数特性の変化(EQ)、わずかなディストーションがミックス全体に加わります。これは、古いレコーダーに接続したヘッドフォンで音を聞いたときをシミュレートするものです。ゲームの目的上、マイクはステレオとみなされます。
状態3は状態2とほぼ同じですが、録音ファイルをクリーンにするため、周波数帯域の変化(EQ)とディストーションがバイパス/削除されます。コンプレッサーの設定も若干異なります。
PS5のヘッドホンのミックスは、ソニーの3Dオーディオ用Tempestシステムを採用しており、ステレオのレコーダーに切り替えると音の空間的な配置がより強調されて指向性が強くなるため、これらのミキシングのバリエーションがより明白になり、方向を確認しやすくなります。
「記念品」は本タイトルにおける収集物であり、プレイヤーに録音・記録してもらうことを意図している、際立った3D要素です。多くの記念品はSIDE Montrealのチームがデザインし、その後、ゲームのライターやデザイナーに送られてストーリーやレベルデザインに盛り込まれました。オーディオがステージデザインに影響を与えられるのは貴重な機会です!
あるキャラクターがいびきをかいていたのを覚えていますが、そのいびきはオーディオの面でも象徴的だったので、記念品に加えることにしたのです。SIDE Montrealのチームの誰かが、実際にいびきをかいていたのかも?
記念品には、記録前と記録後の2つの状態があります。
録音されていない記念品は、より大きく、より頻繁に聞こえます。他の環境音をサイドチェーンして(音量を下げて)注意をひきやすくなっています。また、遠くの音まで聞こえるように、減衰カーブも長くなっています。さらに、フォーカスがより広いので、プレイヤーがよそ見をしていても聞こえます。
記録された後の記念品は、さほど目立つ必要はありません。発生の頻度は減少します。例えば、セミはその特徴的な鳴き声を発する頻度が減ります。サウンドがソフトになり、サイドチェーンも無効になります。また、通常の3Dエレメントと同じ減衰カーブやフォーカス設定に切り替わります。
さらに、記念品の記録に成功すると、ゲームのストーリーを理解するための特定のセリフが表示されます。これによって、プレイヤーが他の収集物を集めたくなるような仕掛けになっています。
花は特別な記念品で、他のものとは対照的に、レコーダーの状態によって音が異なります。通常のモードでは、意味不明な逆再生やスクランブルボイス(グラニュラーシンセシスによってあらかじめ断片化され、ランダムに配置できるコンテナに入れたもの)が漏れ聞こえてくる、不思議で幽玄なサウンドです。レコーダーを手にすると、魔法のようなオーラをまとった、加工された声が際立ちます。最終的に録音が終わると、花の中に保存されている音声の記憶を聞いて内容を確認できますが、微妙なボコーディングによって「幽玄な」エフェクトが掛かっています。オーディオディレクター兼コンポーザーのSpencer Doran は、このゲームのシナリオクリエイティブディレクターのKevin Sullivanとともに、さまざまなステージをデザインしたほか、彼のDAWで数種類のプロトタイプをモックアップして方向性を説明しました。
テープレコーダーを手に持つたびに、記念品が近くにあるとコントローラーが振動します。近ければ近いほど、振動は激しくなります。この効果はPS5では特に洗練されています。音源の位置に基づいてコントローラーの2つのハンドルの間でサウンドをパンすることで、音の方向を示唆します。このように、ハプティックフィードバックはプレイヤーをゴールに導くもう一つの方法として使われています。耳の不自由なプレイヤー向けの設定では、さまざまな設定でこの効果の強度を高めることができるようになっています。
また、レコーディングのプロセスにおいて音は非常に重要な要素です。すべてのプレイヤーに何らかの形で音を体験してもらいたいと考え、コントローラーのハプティクスは音を触覚に伝える(変換する)手段としても機能するようにしました。集音できる音源の音声もハプティクスバスにルーティングし(DualSenseは左右の音声フィードを使ってサブバス帯域の低周波で振動を操作するため)、必要に応じてハプティックの振動域(DualSenseでは500Hz以下)にピッチを合わせるシステムを作りましたので、聴覚だけでなく物理的な感覚にもなり、レコーディングの「感覚」が多感覚になります。
ハプティクスの世界では、すべての音が同じように作られているわけではありません。記念品の中には、自然に面白い振動を生み出す音もあります。他にも、Wwise Motionバスに送る前に、Wwiseで様々なエフェクト(EQやディストーションなど)をかけて、効果を高めて読み取りやすくする工夫がされているものもあります。さらに、他のサウンドが全く機能せず、実際にはWwise Motionのソースに置き換えられていました。本タイトルでは、常に興味深い方法でコントローラーが振動するようになっていたのです。
また、自転車の体験をさらに良くするため、ハプティックフィードバックも使用しました。最初のペダルの踏み込み数回には、コントローラーに強いシグナルが送られます。自転車に乗った後にも、各サーフェスには、Wwise Motionをソースとして自転車の方向やスピードによる感触の変化があります。そのため、ステージ上にデザインされているさまざまな種類のサーフェスに合うように、触覚的な「テクスチャ」をいくつも作る必要がありました。
『SEASON: A letter to the future』、特にテープレコーダーというユニークな仕組みをつくるという仕事は、まさにサウンドデザイナーの夢といえるものでした。このゲームのサウンドスケープは、リアルで有機的な没入感を作り出し、ゲームプレイがサウンドデザインの完成度をさらに高めます。SIDE Montrealのチームと、Spencer Doranの仕事とビジョンによって愛情込めて作られたサウンドデザインが主役となるのです。この作品からわかるのは、真に革新的で創造的なサウンドデザインは、何層も積み重ねられた派手なサウンドとは限らないということです。シンプルな風のうなりや谷を流れ落ちる川のせせらぎがぴったりになることもあります。
本記事は、SIDE Montrealが制作するすべてのものと同様、分野をまたいだチームによる共同作業の結果です。テキストの核はNikola VielとManuel Silvaが担当しましたが、プロジェクトのリードオーディオとしてWwiseのシステム設計を担当したDylan Escalona、レコーダーのプラグインを制作したオーディオプログラマーのAlexandre Choinière、編集を行ったFélix Leblanc、そして彼の洞察力とインプットで全てをより良くしてくれたFX Dupasの皆さんにご協力いただきました。また、インスピレーションを与えてくれた音楽とオーディオのディレクション、そしてこの記事への協力をしてくれたスSpencer Doranにも感謝します。
SIDE Montreal(旧Vibe Avenue)チームは、オーディオディレクター兼コンポーザーのSpencer Doranと共に、AudiokineticのWwise Up On Airのスペシャル配信に参加しました。『SEASON: A letter to the future』の野心的で思慮に富んだ音楽システム、ゲーム内フィールドレコーダー、ハプティックフィードバックなどについて、さらに深堀りしたトークをお聞きいただけます。以下にライブ配信の動画アーカイブがありますので、ぜひご覧ください!